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    ・旧車&名車

    「なんて日だ!」バイきんぐ・小峠 シボレー炎上事件の顛末…〝芸能界旧車会〟は危険と隣り合わせ



    (出典 amd.c.yimg.jp)



    1 爆笑ゴリラ ★ :2020/09/05(土) 15:27:52.05

    9/5(土) 10:00
    東スポWeb

    「なんて日だ!」バイきんぐ・小峠 シボレー炎上事件の顛末…〝芸能界旧車会〟は危険と隣り合わせ
    1966年型シボレーノヴァに乗っていた小峠
    【現役放送作家X氏の芸能界マル秘ウラ話】先日、ロックバンド・SOPHIAの松岡充の愛車のシボレーコルベットC3(1968年型)が路上で炎上しニュースになった。しっかりと整備した中での出来事だったという。とにかく古い車は乗り続けることが難しい。

    【写真】セーラー服姿の小峠

     よゐこの濱口優は「車が壊れるっていうのは怖くてしょうがない。昔、オンボロの車に乗ってたから」という。渋滞した交差点での出来事。

    「信号の矢印出るまで1回、パーキングに入れてちょっと足離してたの。サイドブレーキも引いてね。で、右矢印出たから、サイドブレーキ下ろして、ギアをまたドライブに入れようとしたら、動かへんねん。交差点の中央で。後ろからクラクション鳴らされてんねん。思いっきり力を入れてギューってやったら、上の持つレバーだけポコーンと抜けてもうて。『ウソやん!』って。もう棒だけでは動かされへんねん。なんとかグリグリグリってやって、ドライブに入って動いてんけど」と恐怖体験を語る。

     千原ジュニアは20歳のころ、ポルシェのスピードスター356のレプリカを買った。オープンカーで屋根は閉まるが、雨が降ると、靴の中までも浸水するほどのやわなものだった。深夜に高速道路を走ったときのこと。

    「ヒューズがバーンって飛んで、ヘッドライトが消えてもうて、それでペンライトを口にくわえて、ずっと走って。次のサービスエリアまで、もうよだれまみれやから」と振り返る。

     バイきんぐ・小峠英二は、シボレーのノヴァ(1966年型)に乗っている。車を購入したばかりのころ「仲が良い後輩2人と湘南を目指してて、横浜に入ったところでボンネットから少し煙が出始めて。後輩がビビって、『これ大丈夫ですか?』って。『大丈夫、大丈夫。アメ車なんてこんなもんだ』って言って走り続けたら、煙がブワーッて止まんなくなってきて…」。

     近くのガソリンスタンドに避難し、ドライブは強制終了となった。後輩はずっと「なんて日だ!」と叫んでいたという。

     現役放送作家X氏=1967年、東京・神楽坂に生まれる。23歳でラジオ番組で放送作家デビュー。現在はPTAから苦情が絶えない某人気バラエティー番組やドラマの脚本も手がける。


    (出典 amd.c.yimg.jp)


    https://news.yahoo.co.jp/articles/9cbee686adbb2f80502d9d236a2bdce125cfbf1c


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    【価格高騰の予兆ある、今買うべき中古 】「シーマ」も「クラウン」も凄いけどやっぱり最強は「初代セルシオ」! ?

    海外では、まだまだ人気のある日本の中古車。
    価格高騰の予兆ある、今買うべき中古車の見分け方とは...??

    NO.8782169 2020/08/22 12:32
    「シーマ」も「クラウン」も凄いけどやっぱり最強は「初代セルシオ」! 価格高騰の予兆もあるいま買うべき中古の見分け方とは
    「シーマ」も「クラウン」も凄いけどやっぱり最強は「初代セルシオ」! 価格高騰の予兆もあるいま買うべき中古の見分け方とは
    ■北米で生まれ、そして日本へ。トヨタの歴史を変えた高級セダンに乗ろう
    80〜90年代に人気を博した高級セダンと言えば、「シーマ現象」という言葉も生まれた日産・シーマ(初代・Y31系)、そして電子制御エアサスペンションなど数多くのハイテク装備が導入されたトヨタ・クラウン(8代目・130系)。

    これらは中古車市場でもタマ数が多く、今でもファンが多いクルマだけに相場が年々上昇している当時セダン界のツートップ。

    どちらもバブリーさを感じられる魅力的なクルマであることは間違いないが、「ちょっと違うセダンに乗りたいなぁ」という人にオススメしたい1台がある。

    それが1989年にデビューしたトヨタ・セルシオ(初代・10系)。

    長い歴史を持つトヨタの伝統的セダンだったクラウンのさらに上を行く、最高級ドライバーズセダンとして華々しく登場した。

    同時期に販売されていたクラウン(後期型)は最上級のロイヤルサルーンG(マルチビジョン装着車)で465万円に対し、セルシオはトップグレードのC仕様・Fパッケージで620万円となかなかの高価格。

    しかし当時のバブル景気が後押しして、販売台数は多かった。

    またシーマやクラウンと同じく、高級車をイカツくドレスアップする「VIPセダン」のベースとしても注目を集め、90年代後半になると中古車を買ってイジる若者も多く見受けられた。

    初代シーマや8代目クラウンのように昭和をまたいでいないが、デビューから30年以上が経った初代セルシオはネオクラシックカーの素質を十分持っている。

    中古車はシーマやクラウンほどではないが少しずつ相場が上がっており、興味を持っている人は早めに手に入れるのが吉。



    【日時】2020年08月22日 06:40
    【ソース】Auto Messe Web
    【関連掲示板】


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    80年代を彩った自動車を紹介!! ~RV編~


    80年代を彩った自動車を紹介!!RV編 - ニュース総合掲示板|爆サイ.com関東版


    NO.6460666 2018/06/07 16:18
    80年代を彩った自動車を紹介!!RV編
    80年代を彩った自動車を紹介!!RV編
    ■デートカー、そしてRVへという流れ
    ポルシェ・カイエンの大ヒットから始まって、マセラティ、ランボルギーニ、そしてフェラーリまで開発に言及!!クロスオーバーSUVの勢いが止まりません。

    この風潮を「あんな腰高の車のどこがいいんだい?」などと、苦々しい思っているのは犬助だけではないはず。

    スポーツカー、いや車はことごとく車高が低いのがカッコイイ。

    にもかかわらず、世界に冠するスーパーカーのブランドまで腰高の車を発表するなど、世も末ではないですか!!
    しかし、こんな思いにとらわれてしまうのは、何も初めてのことではありません。

    犬助の周り連中が乗っている車が、ことごとく車高が高くなった時期があったもの。

    今まで乗り回していたデートカーを手放して、三菱・パジェロや日産・テラノに乗り換え始めた時期……そう、「RVブーム」が起こった90年代始め。

    「フェンダーとタイヤの間は数cm、コブシが入るような車なんて!!」

    こんな風に口にしていた連中が次々と、フェンダーとタイヤの間にコブシが何個も入るような腰高の車に、次々と乗り換えていく様に絶句したものでした。

    日産・ジューク、マツダ・CX-5、トヨタ・C-HRなどなど。

    日本で現在のクロスオーバーSUVの隆盛があるは、90年代のRVブームがあり、腰高の車に対するアレルギーが払拭されたからこそ、といっても過言ではないでしょう。

    そんな、RVブームが到来する前夜の80年代後半。

    街中に走っていたRVといえば、トラックと見紛うばかりの武骨なルックスのランドクルーザーなどでした。

    ■RVブームの背景にあった、スキーブーム
    1987年に公開された映画、「私をスキーに連れてって」からスタートするスキーブームは、当時の若者たちをゲレンデへと連れ出し、バブル期の1ページを飾ることとなりました。

    しかし、問題はゲレンデへの足。

    スキー板を始めとした大荷物を手に、電車など公共交通機関を利用して、ゲレンデまで出向くのは、あまり現実的ではありません。

    そこで必要になってくるのは、雪に負けない足回りを持つ自動車なのですが、80年代末期に条件をみたすような車は、ほぼなかったもの。

    先述したトラックみたいな本格クロカン、そりゃあスキー場への足としては最高でしょうが、外観があまりにも男臭かったので女子ウケは最悪、これらの車を見て女子が喜ぶようになるには、本格的なRVブームが到来する90年代まで待たなければなりません。

    ちなみに、「私をスキーに連れてって」の劇中に登場する車はトヨタ・セリカGT-Four……うん、乗用車を4WDにしたような車ではスタックした時に不安ですが、当時、女子ウケを考えた場合には最良の選択かもしれません。

    ■自動車の空白地帯に現れた、スズキ「エスクード」
    本格クロカンか、乗用車を4WDにしたような自動車しかない。

    こんなエアポケットのような市場に突如として登場したのが、コンパクトRV・スズキ「エスクード」、1988年のことでした。

    初代のボディデザインは、今となっては無骨さを感じさせるなのですが、当時のトラックのようなランドクルーザー・60系、初代・パジェロから見ると、アカ抜けている部類に入るもの。

    鉄板むき出しだったランクルやパジェロと比較しても、エスクードの内装は乗用車ライク、これなら女子もイヤな顔をせずに乗ってくれるというもの。

    車高があって見渡しやすいとか、運転しやすいというメリットも大きかったのです。

    そして、何よりも価格が安かった!!

    200万円、300万というランクルやパジェロと比較すると、150万円も出せば購入できるエスクードは魅力的な存在。

    排気量も1,600ですから維持費も知れていますし、5ナンバーで収まるボディサイズもコンパクトで良かったものでした。

    ■本格クロカンの時代が到来するか
    エスクードが開拓したコンパクトRVというジャンルに、トヨタはRAV4、ホンダはCR-Vで参入。

    そして90年代のRVブーム、ついには現在のクロスオーバーSUVブームへとつながっていくことを考えると、スズキ・エスクードの果たした役割がいかに大きかったかが理解できるはずです。

    加えて、エスクードで特筆しておくべきことは本格的なクロカン性能も持っていたこと。

    追従したRAV4やCR-Vは乗用車の延長上にある、なんちゃってクロカンである一方、エスクードは、ラダーフレームを採用したばかりか、デフロックや副変速機なども備えた本格派。

    延々とジムニーを造り続けてきたスズキのノウハウは伊達ではないことを、知らしめてくれたのでした。

    うーん、いい車だったよな、初代・エスクード。

    それに比べて、ムダにでかくなった上に豪華になった、現行のエスクードってどうなの?と思っていたら、何やら新型ジムニーに次いで、普通乗用車規格の新型・ジムニー「シエラ」の登場がウワサされているではないですか!!

    これは、久々のクロカン、いってみますか?

    今年の冬の大雪に泣いた犬助の中では、熱い車として新型・シエラはマークされているのです。
    【日時】2018年06月07日
    【提供】YAZIUP


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    バルブ崩壊後の発売タイミングも不運! デキはいいのに売れなかった悲しき「国産セダン」たち



    (出典 www.automesseweb.jp)



    1 BEATくん(東京都) [ニダ] :2020/04/05(日) 18:43:59.54


    バルブ崩壊後の発売タイミングも不運! デキはいいのに売れなかった悲しき「国産セダン」たち

    コストをかけたマイナー車の存在

     バブル経済期は、商品力を高めるため、惜しげもなく高度な構造、メカニズム、上質な素材を投入する車両作りが行なわれていた。しかし、バブル経済が崩壊すると事情は急変。コストを絞り込んだ開発へと一転していく。

    いま見ると美しい? 酷評されたレパード Jフェリーの「垂れ尻」【画像】

     今回は、バブル期の贅沢な設計ながら、実売が崩壊後となって価格変動が生じたモデル、あるいはよく出来たモデルながら不発だった「お買い得グルマ」に焦点を当てて紹介。共通するのは、車両の実力が一流だったこと。それに対してコストパフォーマンスの高かった4ドアセダンを集めてみた。

    【レパードJフェリー】

    まず、バブル期の象徴、高級車ブームを作ったシーマの流れをくむ日産車、「レパードJフェリー(1992~1996年)」だ。レパードとしては3代目にあたり、日産の高級車ブランド「インフィニティ」シリーズの一環として企画されたモデルだったため、質的な仕上がりは言うまでもなし。

     ただ、ボディ前後を丸くすぼめたデザインが裏目と出て不発。歴史的に角張った押し出しの強いデザインが支持される傾向が強かった日本の高級車市場だっただけに、丸いデザインは拒絶反応が強かった。

     しかし、ハンドリングは、プラットフォームを共用し、当時このクラスのナンバー1と評価されたセドリック/グロリア、シーマ系をしのぎ、搭載エンジンも3リッターV6と4.1リッターV8の強力な2タイプを搭載。その実力は日産サルーンなかでトップクラスだったのも事実である。

     しかし、価格設定はバブル期のものだったが、不人気だったことから大幅な新車値引き、あるいは新車価格より50~100万円ほど下げられた登録落ちの新古車が登場するなど、スタイリングさえ納得できれば、超お買い得モデルとして、正直、買っておけばと悔やまれる1台だった。

    【マツダ・ミレーニア】

    こうした意味では、会社の事情から新型車を開発する余力がなく、やむなくバブル期に設計、開発した上質なモデルをベースに価格を下げて販売した「マツダ・ミレーニア(1997~2003年)」もお買い得の1台だろう。

     1993年登場のユーノス800がベース。マツダが販売店を5チャネル化する時代に企画、設計されたFF上級セダンだっただけに、質的な充実度は十分といえた。

     ミレーニアとなる際、エンジンは2.5リッター、2.3リッター(ミラーサイクル)、2リッターという3タイプのV6を用意。装備類を簡素化することで価格の引き下げを図ったモデルだったが、基本骨格や走行系メカニズム、エンジンはバブル期の設計でコストのかかったものだったから、価格の割りにデキのいい1台だっといえる。

     しかし、ブランドイメージと車両内容が十分に知られていなかったことから不発に終わった。


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    「280馬力までいかに到達したか?」昭和の国産車パワー競争の歴史と名車11台



    (出典 udn.webcartop.jp)



    1 みなみ ★ :2019/05/28(火) 19:36:07.52

    国産初のスーパーカーは今の実用車並の150馬力

     令和になって約半月。まさに「昭和はむかしになりにけり」といったところだが、昭和の自動車史で面白いのは、何といってもエンジンの高出力化競争。

    バカでかいガソリンタンク容量をもつ国産乗用車4選!

     70年代のオイルショックや排ガス規制を挟みながら、1989年=平成元年に280馬力(自主規制)時代に到達するまで、100馬力よりは150馬力、150馬力よりは200馬力と、新車が出て、最高出力が更新されるたびに、クルマ好きは狂喜乱舞することができた。そんな昭和のハイパワー化への歴史を振り返ってみよう。

    トヨタ2000GT/150馬力(1967年)

     国産車のハイパワーエンジンのひとつの基準になったのは、1967年に登場したトヨタ2000GTのエンジン=3M。ヤマハが開発・生産した2リッターDOHC、直列6気筒は、ソレックス(ミクニ)の3連キャブ付きで150馬力。最高速は220km/hと、当時の2リッターエンジンとしては断トツの高性能を誇っていた。

     この3Mエンジン以降、日本の高性能エンジンは、DOHCの直列6気筒が最高! という流れができる。

    以下ソースで読んで
    5/28(火) 11:40配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190528-00010001-wcartop-ind


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